top of page
Laboratory of forest art
Woodland art Exhibition
・タイトル
「緑の丸と線 2018 」
「家で庭の手入れをしていると、思うことがあります。もみじや、木蓮の枝を切って、かたちを整えても、春の針葉樹、秋の広葉樹の落ち葉を集めて掃除しても、ほおっておくと、いずれ、またもとどおりになってしまうじゃないか。ならば、やらなくても同じかな?と。そのままの方が自然かなと。
伸び放題の庭の木の枝を切ったり、家の前の道を竹ぼうきで掃いていると、不思議な感覚になることがあります。切っても切ってもあまり木の姿が変わらない、落ち葉を集めるそばから、枯れ葉が落ちてくる。自分の動きにたいして物事がゆっくりすすんでいるような。自分の活動に対して、成果があまりに少ないような。なにかいつもと違う時間が流れているようで。
庭の手入れをいつもするのは、庭の手入れが好きなのか? それともお化け屋敷見たいになるのが恥ずかしいからなのか?
ちょっと時間が経つとすぐに元に戻ってしまうことを思いながら、それでも庭の手入れをします。思い通りに、きれいにしようと思っても、そもそも何がきれいで何が完璧なのか?私は、完ぺきではない自分が、完璧にはできないことを受け入れて、庭の手入れや、掃除をします。そんなときに、つくずく自分が人間だな~と思ったりします。そして、伸び放題の木々も、落ち葉に埋もれた道も美しいと思いながら、枝を切り、道を掃きます。
私の森の作品は、そんな掃除や、植木の手入れの延長です。永遠にも近い時を生きる自然と、百年に満たない時を生きる私との触れ合いの一瞬です。いま、私は芸術をそんな風に考えています。
・素材
横浜中山の森の植物です。
bottom of page